推カケレビュー講座(2020.3.15①事前レクチャー 4.22②講評会)
講師:綾門優季氏(「キュイ」主宰・劇作家・批評家・全国学生演劇祭審査員)
ー<必須課題>ーーーーー オレンヂスタ『黒い砂礫』について、約1000字で劇評を書いてください。地元の某新聞に掲載されるものと仮定し、ほとんどの読者はオレンヂスタを観ていないという想定とします。新聞なので、字数があまりにも少ない、または字数があまりにも多いものは載らないことに注意してください。
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【執筆者・I元さん】(講評会時点の原稿) →I元さんの感想
何の為の登山か 〜オレンヂスタ「黒い砂礫」
名古屋拠点の 「オレンヂスタ」は、旗揚げから 5 年積み上げた「エログロポップなエンタメ」から次の 5年で「社会派会話劇を核に、異ジャンルの表現手法を取り込む実験的な演出」への転換を果たした柔軟で貪欲な劇団として知られており、本作が都合 10 年の節目となる。
「美しすぎる登山家」として持て囃された...些か曰く付きの女性登山家「前地悠子」の世界最難関冬期K2での遭難死を巡る物語で、彼女の回顧展に向けた「関係者への取材」から「遺品捜索登山」へ... 次第に明かされる遭難の真相を絡めつつ、取り巻く人々の描写から悠子の心理と境遇に想いを馳せる構成だ。
冬山のスケール感、苛烈さ、極限状態を舞台上で表し切れるかが懸念でしたが、それは全くの杞憂。 特徴的なのは演者が操る「白いロープ」や悠子幼少時の「あやとり」による演出で、観客の視界に描き出 される素描や効果線の如き”線”の表現が、人間関係や社会のしがらみを想起させ、更には終盤でK2そのものを雄弁に描写した。
また極限描写が秀逸で、捜索隊に参加した夫・弥太郎の「体内で起こる身体の軋みと悲鳴」、悠子が 死の淵で体験する「幻覚の繰り返し」からクライマックスへの流れは実に見事で、登山演劇を標榜するに相応しい出来でした。
もう 1 つ特筆すべきは音楽。エキゾチックな調べと、穏やかに黙々と進行するテンポは登山との相性も良く、死と隣り合わせの陰鬱さも作品のムードを代表している。何より聴き返すと確実に舞台が脳内に蘇る辺りに、この音楽の存在感の強さが窺えた。
一方、テーマとして注目するのは、悠子の複雑な心理だ。
登山が好きなのか嫌いなのか、続けたいのか辞めたいのか、生きて帰りたいのか死地を探しているのか...激しく相反する言動と心理描写が物語中を行き交い、ミステリーじみた印象すら湧くのが面白い。 そしてその混乱の中、物語は彼女の登山が「何の為のものだったか」にフォーカスしていく。
矛盾した行動と態度は彼女の「葛藤」そのものであり、特に「子づくりの動機」に纏わる彼女の内心の吐露が、彼女の追い詰められた心情とあらゆる葛藤を代表しており、格段に印象的でした。
また、山男達の陽気さが本作の癒しである一方、対照的に浮き彫りになる悪意なき性差別、女性登山 家から湧き出す反抗心に立ち塞がる肉体の限界等の現実感が皮肉めいた背景描写となり、良い意味で 気掛かりの多い作品でした。
(1,000字)
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